塩田には、国・県・市の指定文化財が74件もあります。
これらの文化財について、上田市教育委員会の「上田市の文化財」にリンクして、地域ごとにご紹介します。
※それぞれの「文化財名」をクリックすると、「上田市の文化財」の紹介ページが見られます。
※上田市全体の文化財が掲載された「上田市の文化財」のトップページは こちら です。
※塩田地域における指定区分別の指定文化財一覧表は こちら です。
1 東塩田地域
| 文化財名 | 所在地 | 指定区分 | 概 要 |
| 鴻の巣 | 下 組 | 市名勝 | 幅約190m、高さ50mの崖。1400万年前に海底が隆起して、砂岩や礫岩の地層が露出している。遠くから眺めると、岩肌に鉄分がしみこんでできた茶色のしま模様が見える。 |
| 西光寺阿弥陀堂 | 中 組 | 県宝 建造物 | 西光寺は、鎌倉時代に塩⽥北条⽒が開基となり、⾜利から実勝和尚を招いて開⼭とした。 阿弥陀堂は、室町後期の寄棟造の建物で、杮葺のシルエットが美しい。堂内には三体の阿弥陀如来立像を安置する。 |
| 西光寺金剛力士像 | 中 組 | 市彫刻 | 13世紀の造立。高さは232cm。 宝暦年間(1751~64)に須坂市米子の不動寺から当寺に遷されたと伝わる。 |
| 西光寺紙本墨書武田信玄朱印状 | 中 組 | 市古文書 | 元亀元年(1570)、武田信玄が西光寺から椀型の器を贈られ、普請役等を免除する旨申し伝えた文書。 |
| 奈良尾石造多重塔(弥勒仏塔) | 奈良尾 | 市建造物 | 総高237cmの7層の石造塔。塩田北条氏二代国時が、弘安の役で蒙古が退散した御礼と、戦死した武士の供養のため弘安8年(1285)に建てた。 塔身四面に弥・勒・佛・塔と籠字で刻す。 |
| 奈良尾石造大姥坐像 | 奈良尾 | 市彫刻 | 目と口を大きく見開いた石造の老婆像。室町時代、干ばつのとき雨乞いをしたところ雨が降ったので、感謝の意から寛正7年(1466)に造られたという。その後、この⽯像に願掛けをした千駄焚きや、⽯像を池の中に放り込むなどで雨乞いをした。 |
| 徳邦和尚火定の跡 | 奈良尾 | 市史跡 | 江戸時代中期の宝暦2年(1752)、大圓寺九代徳邦和尚が当時はやった「はしか」の終息を願って自ら焼死(火定)し、翌年、和尚の徳を称えた墓とお堂が村人により建てられた。 |
| 板絵著色富士の巻狩り | 奈良尾 | 市絵画 | 江戸時代に富士嶽神社に奉納された絵馬。源頼朝が富士の裾野でイノシシやウサギなどの狩り(巻き狩)を行った様子が描かれている。 |
| 東馬焼窯跡 | 平井寺 | 市史跡 | 江戸時代末期から明治初期にかけて、林東馬によって焼かれた「東馬焼」の窯跡。7段半地下式の登り窯。 東馬焼は、薄手で軽く光沢が強い。日用の水がめ、梅漬がめ、徳利、箸立、火消壺、香炉等。 |
| 大六のケヤキ | 石 神 | 市天然記念物 | 樹齢約8百年。樹高約30m、幹回り11.7mで県下最大のケヤキ。 名前の由来は、根元に「大六天」が祀られていることから。 |
| 安曽甚太夫五輪塔 | 柳 沢 | 市建造物 | 102cmと76cmの2体の五輪塔。地元では塩田北条氏の家臣「安曽甚太夫」らの墓といわれている。 塔に梵字や年号などの記載はなく、裏付ける資料はない。 |
| 長福寺銅造菩薩立像 | 下之郷 | 国重要文化財 彫刻 | 7世紀後半の白鳳期の作で上高井郡小布施町都住の吉沢家にあったものを故大塚稔氏が求めて昭和16年(1941)に入手。 高さ37cmの菩薩立像。長福寺の「信州夢殿」に安置されている。 |
| 生島足島神社文書 | 下之郷 | 国重要文化財 古文書 | 生島足島神社に残されている室町時代末期から江戸時代初期の94通の古文書。 |
| 武田信玄武将起請文 | 武田信玄が配下の武将を生島足島神社に集め自分への忠誠を誓わせた83通の血判状。 | ||
| 武田信玄願文 | 武田信玄が上杉謙信との川中島の戦いに勝利するよう生島足島神社に願った文書。 | ||
| 武田信玄安堵状 | 武田信玄が塩田城を落とした後、生島足島神社の土地や祭りは今までどおり認める旨の書状を神官らに渡した。 | ||
| 丸子良存寄進状 | 戦国時代、武将の丸子良存が戦に出ている息子の無事を生島足島神社に願った寄進状。 | ||
| 壱叶・三かわ連署願文 | 二人の武将の妻が武田信玄に従って出陣した夫の無事を生島足島神社に願った文書。 | ||
| 真田昌幸朱印状 | 真田真幸が生島足島神社で使う柳の木を塩田等で伐ることを許した書付。 | ||
| 平盛幸願文 | 戦国時代の武将平盛幸が自分の身体が良くなったら土地を寄進する旨生島足島神社に出した願文。 | ||
| 小幡信繁願文 | 真田真幸の武将小幡信繫が一族の武運長久等を生島足島神社に願った文書。 | ||
| 工藤美作守等定書案 | 戦国時代、生島足島神社の神主等が神官らの仕えのきまりを書いた書面の写し書き。 | ||
| 真田信幸寄進状 | 上田城主となった真田信幸(信之)が生島足島神社に土地を寄進する旨記した寄進状。 | ||
| 真田信幸朱印状 | 真田信幸が生島足島神社に社殿造営費用のための土地を預け置くことを記した文書。 | ||
| 下之郷供僧社人目安案 | 仙石氏が藩主になった翌年、生島足島神社の供僧らが領地を増やしてほしい旨奉行所に願い出た文書。 | ||
| 生島足島神社本殿内殿 | 下之郷 | 県宝 建造物 | 生島足島神社は、平安初期の「延喜式」に載る古社で、⽣島⼤神と⾜島⼤神を祭神とする。池の中の島に造られた「池心の宮」。昭和14年(1939)に造られた本殿の中に室町時代の内殿があり、ご神体の土が祀られている。 |
| 生島足島神社摂社諏訪社本殿及び門 | 下之郷 | 県宝 建造物 | 本殿と向き合いに建てられており、祭神は諏訪神。本殿と門は慶長15年(1610)に上田藩主真田信之が建てた。棟梁•宮坂甚四郎の棟札あり。本殿は間口2.8mの一間社流造、桃山様式で一部に室町期の様式をとどめる。 |
| 生島足島神社歌舞伎舞台 | 下之郷 | 県宝 建造物 | 農村歌舞伎の場として明治元年(1868)建立。明治7年から10年間、下之郷の戴明学校として使用。中央に直径4.5mの回り舞台、左右やや前に2つの「せり上り」。前庭が観覧席。昭和61年(1986)に復元し、県宝に指定。 |
| 生島足島神社木造狛犬 | 下之郷 | 市彫刻 | 生島足島神社の狛犬。もとは社殿前の両側に安置されていたと伝えられている。 2体とも高さ54cmの大型。室町時代前半の製作とみられる。 |
| 生島足島神社鉄製湯釜 | 下之郷 | 市工芸品 | 生島足島神社にある神事に用いる6個の湯釜。豪族などが寄進したと思われる。 |
| 下之郷三頭獅子 | 下之郷 | 市無形民俗文化財 | 生島足島神社で疫病退散を祈る夏の祇園祭行事として、7月第四日曜日に行われる三頭の獅子らによる獅子舞。 神社では、神楽殿で、まず上社(生島足島神)へ演舞を奉納し、次に向きを変えて下社(諏訪神)へ同様に繰り返す。 |
| 旧宣教師館 | 下之郷 | 市建造物 | 明治37年(1904)にキリスト教の女性宣教師住宅として建築。翌年からは宣教師館を幼稚園教諭育成所である「上田保母伝習所」として使用。上田城跡近くに建てられていたものを平成5年(1993)現在地に移設。 |
| 他田塚古墳 | 下之郷 | 市史跡 | 東山南麓斜面にある円墳。直径は約18m。古代豪族「他田氏」に関係した古墳と言われる。 築かれたのは、古墳時代後期の7世紀前半頃と推定。 |
| 塚穴原第一号古墳 | 下之郷 | 市史跡 | 他田塚古墳から東に約50mにある円墳。直径が約21mとこの地域最大級の大きさ。築かれたのは古墳時代後期の6世紀後半と推定。 |
| マダラヤンマ及びその生息地 | 東塩田 | 市天然記念物 | 目や腹が鮮やかな瑠璃色で「空飛ぶ宝石」とよばれるトンボ。 砂原池や居守沢大池などで見られる。 |
2 中塩田地域
| 文化財名 | 所在地 | 指定区分 | 概 要 |
| 五加八幡社石燈籠 | 五 加 | 市建造物 | 江戸末期の文久元年(1861)、青年21名が発願し、37年の長い年月を経て(途中から区営)明治31年(1898)竣工。高さ8mで県下最大。この竿石に勝海舟の揮毫で「修善生洪福」の碑文。 |
| 佐久間象山書五反幟 | 五 加 | 市書跡 | 古い織が破損したため、文久2年(1862)佐久間象山に揮毫を依頼し再造。長さは11.97m。「五加洪福村」「八縣朙禋祠」(やあがためいいんのほこら)と墨書。 |
| 保野塩野神社廻り舞台 | 保 野 | 市建造物 | 明治7年(1874)に建てられた廻り舞台。瓦葺屋根の切妻造り二階建て。境内の石垣積の崖を利用し、正面の庭からは二階が一階に見える。 |
| 保野塩野神社木造狛犬 | 保 野 | 市彫刻 | 保野塩野神社の狛犬。高さ約34cm。南北朝時代から室町時代初期のものと推定。 阿形は前脚の右を前に出し、左を後ろに引き、顔は左前方に向けている。吽形は阿形とはまったく逆の形になっている。 |
| 保野の祇園祭 | 保 野 | 市無形民俗文化財 | 保野塩野神社で16世紀後半から始まったとされる4百年以上続く祇園祭。毎年7月に行われ、塩野神社から保野の市神に「牛頭天王」が遷座し、次の日に帰る。天狗と三頭獅子の舞やささら舞が奉納される。 |
| 舞田石造五輪塔(金王五輪塔) | 舞 田 | 県宝 建造物 | 高さ212cm。鎌倉時代初期の建立で、県下最大・最古の様式。 近くの法樹院の寺伝では、文治2年(1186)この地に金王庵を創建した渋谷土佐入道昌順の墓塔と伝えられている。 |
3 西塩田地域
| 文化財名 | 所在地 | 指定区分 | 概 要 |
| 王子塚古墳 | 新 町 | 市史跡 | 氷上王子神社境内にある。5世紀中頃から6世紀前半に築かれたと推定され、上から見るとホタテ貝に似ている「帆立貝型古墳」。円墳に見えるが神社建設時、前方部を削ったために変形。 |
| 氷上王子神社太神楽獅子舞 | 新 町 | 市無形民俗文化財 | 約300年前からの神楽。口・目・鼻の大きい特徴的な面の獅子舞や、鳥さし、万才など江戸時代からの祭りが伝わる。 寛文の頃(17世紀後半)尾張から江戸に入った神楽団「丸一」の系統が伝わっている。 |
| 前山寺三重塔 | 東前山 | 国重要文化財 建造物 | 室町時代末期の建立とされる。 建築様式は、「和様」を基本にし、「禅宗様」も取り入れた「折衷様」。 二・三層目に縁や手すり(勾欄)がないが、すっきりとしているので「未完成の完成塔」と呼ばれる。 |
| 前山寺本堂・庫裏・玄関・山門 | 東前山 | 国登録有形文化財 | 本堂は、境内下段中央に南面して建つ寄棟造茅葺。正面に付す唐破風造向拝は頭貫と虹梁の間を雲竜彫刻で飾る。内部は六間取方丈形式を基本とし、北列東端を座敷二室に分け、南に広縁を通す。 |
| 前山寺大日如来坐像 | 東前山 | 市彫刻 | 前山寺の本尊で、13世紀半ばの造立。 胸前で智拳印を結ぶ金剛界の大日如来。 像高70.4cm。表面を金泥塗り切金文様仕上げとし、像内を黒漆塗りとする。 |
| 前山寺紙本墨書武田勝頼朱印状 | 東前山 | 市古文書 | 武田勝頼が前山寺に出した朱印状。現在の所有地を認め、新たな土地も寄進する旨記す。 |
| 前山寺参道並木 | 東前山 | 市天然記念物 | 黒門から薬医門にかけての参道両側にマツやケヤキの大木が並ぶ。 |
| ちがい石の産地 | 東前山 | 市天然記念物 | 「ちがい⽯」は、2つの中性⻑⽯がX形に交わって晶出した鉱物で、弘法⼭でしか産出しない。「誓い⽯」とも呼ばれ、弘法⼤師空海が「⼤切に保持すれば災厄から免れさせる」ことを誓ったという伝説を秘める。 |
| 塩田城跡 | 東前山 | 県記念物
史跡 |
弘法山の裾野から山腹にかけて展開する平山城。 南北約700m、東西180mの範囲で郭等が配置。室町時代に築かれた城と考えられている。城に向かう中央道路に枡形を配置、周囲に空堀を回らせている。 |
| 紙本著色花鳥人物屏風 | 東前山 | 市絵画 | 龍光院にある六曲一雙の屏風。 1枚の絵の大きさは縦135cm・横56cm。 花鳥八幅・人物四幅。江戸時代中期の狩野派の絵師で西前山出身の狩野永琳(明和4年(1767)生まれ)の作。 |
| 中禅寺薬師堂 | 西前山 | 国重要文化財 建造物 | 平安末期から鎌倉初期の建立とされ、中部日本最古の木造建築物。中尊寺金色堂と同じ方三間(東西南北のどこから見ても柱が四本でその間が三つ)の阿弥陀堂形式で、屋根に宝珠が乗り上から見ると真四角な宝形造り。 |
| 中禅寺木造薬師如来坐像附木造神将立像 | 西前山 | 国重要文化財 彫刻 | 平安時代末期から鎌倉時代初期に造られたとみられる薬師如来坐像と、本来十二体あるもののうち一体のみ残された神将像。 薬師如来像は、桂の寄木造。平安時代後期の造仏の巨匠 定朝流儀をくむ「定朝様」といわれている。 |
| 中禅寺木造金剛力士上像 | 西前山 | 県宝 彫刻 | 平安末期から鎌倉初期の製作とみられる。信州最古の金剛力士像。 両像の像高は207cm。主として桂材を用い、部分的に檜材を使用した寄木造。中禅寺薬師如来坐像と同じ「定朝様」。 |
| 中禅寺石造五輪塔 | 西前山 | 市建造物 | 総高155cmで上田市で三番目の高さ。鎌倉時代の建立とされ、有力者のために建てられたと考えられている。 |
| 中禅寺銅製鰐口 | 西前山 | 市工芸品 | お寺の本堂の軒下に懸けられ、参拝の人が鳴らした鰐口。銅製で室町時代中期に作られたと推定。 |
| 前山塩野神社拝殿及び本殿 | 西前山 | 市建造物 | 塩野神社は、かつては独鈷山山頂辺くの鷲岩に祀ってあり、後に現在地に移されたといわれている。 拝殿・本殿とも18世紀半ばの建立。拝殿は県内では珍しい二階建。本殿の上り龍・下り龍、象などの彫刻が美しい。 |
| 前山塩野神社木造獅子頭 | 西前山 | 市彫刻 | 前山塩野神社の二面の獅子頭。一面は室町前半、もう一面は室町後半の作と推定。 |
| 前山塩野神社紙本墨書武田信玄朱印状 | 西前山 | 市古文書 | 武田信玄が前山塩野神社の神主にあてて、土地を寄進することを定めて出した文書。 |
| 前山三頭獅子 | 前 山 | 市無形民俗文化財 | 毎年7月の前山塩野神社の祇園祭で踊られる三頭獅子。二頭の雄獅子が一頭の雌獅子を取り合う様子を表している。 |
| 皇子塚古墳 | 手 塚 | 市史跡 | 標高530mの丘にある円墳。直径14.8m、高さ3.2m。7~8世紀の古墳時代末期に築かれたと推定される。 塩田平を一望できる高台にあり、有力な豪族の墓と考えられている。 |
| 手塚八幡社木造鬼板 | 手 塚 | 市彫刻 | 手塚八幡社の鬼面。魔よけの面として社殿に取り付けられていたと考えられる。室町時代後期の作と推定。 |
| 野倉惣帳 | 野 倉 | 市古文書 | 戦国時代末期に野倉の住民が真田氏に出した報告書。田畑の広さや石高を記載。 |
| 地芝居引幕 | 野 倉 | 市有形民俗文化財 | 大きな目で長刀を振り回す弁慶と、身軽く欄干の上に舞い立つ牛若丸の出会いの場を図柄にしている。 農民の手で演じられていた地芝居の舞台の引幕に使われたもの。 |
4 別所温泉地域
| 文化財名 | 所在地 | 指定区分 | 概 要 |
| 安楽寺三重塔 | 別所温泉 | 国宝 建造物 | 日本で唯一の八角の三重塔。使われている木材の伐採年代から、創建は1290年代と推定。 典型的な禅宗様の建築様式(扇垂木、木鼻等)。 内部に大日如来像が安置されている。 |
| 木造樵谷惟仙和尚坐像 | 別所温泉 | 国重要文化財 彫刻 | 安楽寺境内の伝芳堂にある安楽寺開山の樵谷惟仙(しょうこくいせん)和尚と二世の幼牛恵仁(ようぎゅうえにん)和尚が椅子に座った等身大の像。 惟仙は、2度宋に留学し帰国後臨済宗としての安楽寺を開山。恵仁は宋出身で惟仙とともに来日。 |
| 安楽寺経蔵・八角輪蔵 | 別所温泉 | 市建造物 | 白壁の土蔵造りで寛政12年(1800)の建立。 内部に心柱を軸にして回転する経本棚(八角輪蔵)があり、黄檗版の一切経全巻が並べられている。回転しているものを拝むとご利益があるという趣向。 |
| 安楽寺蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)尺牘(せきとく) | 別所温泉 | 市古文書 | 安楽寺の開祖である樵谷惟仙が、鎌倉建長寺で修行僧の指導をしていた際、その規律の乱れを怒ったことに対して、建長寺開山第一世の蘭渓道隆が詫びて、戻ってくれるように嘆願する書状。 |
| 安楽寺黄菜版蔵経 | 別所温泉 | 市古文書 | 安楽寺の経蔵にある黄檗宗の一切経。寛政12年(1800)に出版元の宝蔵院から購入したもの。 |
| 常楽寺石造多宝塔 | 別所温泉 | 国重要文化財 建造物 | 平安時代初め、火坑が開いて紫煙が上り現在の北向観音堂の桂の木に留まって、そこに観音様が見えたという。 その火坑跡に木造多宝塔を建立。焼失後、鎌倉時代に今の石造塔を建立。 |
| 紙本墨書徳川家康日課念仏 | 別所温泉 | 国重要美術品 書跡 | 「南無阿弥陀仏」と、阿弥陀如来の六字名号が、6段、110行に合計660体、墨筆で記されている。「日課念仏」は、家康が阿弥陀如来の名号をとなえながら、毎日祈りをこめて書いたものと思われる。 |
| 板絵著色三浦屋の図 | 別所温泉 | 国重要美術品 絵画 | 常楽寺所蔵の絵馬。江戸時代中期に海野町住人が北向観音に願をかけ成就したことのお礼として奉納したもの。 |
| 絹本著色綱敷(つなしき)天神像 | 別所温泉 | 県宝 絵画 | 応永12年(1405)の作で、類例が少ないものである。天神像の中でも全国的に古い作例。 天神怨霊信仰に基づく菅原道真の画像で、その怒りの表情や着衣などの描写表現が優れている。 |
| 常楽寺本堂 | 別所温泉 | 市建造物 | 常楽寺は天台宗別格本山で、北向観音の別当寺。本尊は妙観察智弥陀如来坐像。 寄棟造・茅葺屋根で、正面中央は唐破風の向拝がある庇の付いた玄関。江戸時代中期後半の天台・真言系の本堂としては県内屈指の規模。 |
| 常楽寺石造多層塔
(里帰りの多層塔) |
別所温泉 | 市建造物 | 石造多宝塔の右側にある総高168cmの五層の多層塔。 大正13年(1924)に北向観音堂近くで186個の多層塔等が発見されたがよそへ流失。その後滋賀県の1基が昭和56年(1981)買い戻された。 |
| 絹本著色愛染明王画像 | 別所温泉 | 市絵画 | 常楽寺が所蔵する色彩が鮮やかで多彩な愛染明王画像。 |
| 絹本著色聖観世音画像 | 別所温泉 | 市絵画 | 常楽寺が所蔵。元住職半田孝海大僧正が比叡山延暦寺から拝領したと伝えられている。 |
| 絹本著色藤娘と鬼の念仏 | 別所温泉 | 市絵画 | 常楽寺所蔵。美女に身を寄せられ照れている僧侶姿の鬼を描く。 |
| 板絵著色踊り念仏と六歌仙図 | 別所温泉 | 市絵画 | 常楽寺所蔵の絵馬。踊念仏と六歌仙の二面を一組としている。江戸時代中期に北向観音に奉納されたもの。 |
| 板絵著色劉備檀渓渡河の図 | 別所温泉 | 市絵画 | 常楽寺所蔵の板絵。三国志の一場面を描いたもの。江戸時代後期に上田原町の住人が北向観音に奉納したもの。 |
| 常楽寺木造百万塔 | 別所温泉 | 市工芸品 | 常楽寺所蔵。百万塔は8世紀後半に戦死者等の霊を鎮めるため造られた小塔で、法隆寺、東大寺などに安置された。この百万塔は、明治時代に法隆寺から常楽寺に譲られたもの。 |
| 愛染カツラ | 別所温泉 | 市天然記念物 | 平安初め、北向観音が今の常楽寺多宝塔がある所から出現し飛んできて留まったというカツラの木。樹高約22m。境内の愛染堂と川口松太郎の小説・映画の題名からその名がついた。別所五木の一つ。 |
| 別所神社本殿 | 別所温泉 | 市建造物 | 明治11年(1878)までは「熊野神社」と呼ばれていた別所神社。本殿は江戸時代後期の天明8年(1788)の建立と考えられている。 祭神は伊眸諾尊(いざなぎのみこと)・伊排再尊(いざなみのみこと)・素箋嗚尊(すさのおのみこと)。 |
| 岳の幟 | 別所温泉 | 国選択無形民俗文化財 | 16世紀初めから行われている雨乞い行事。夫神岳頂上の九頭竜神にお詣りし、たくさんの竹竿に巻いた布を押し立て里に下り、三頭獅子やささら踊りと共に各所を回る。 最後は別所神社に奉納。 |
| 花屋ホテル本館・事務室棟ほか | 別所温泉 | 国登録有形文化財 | 本館は、木造2階建、入母屋造、桟瓦葺。1・2階共に、8畳間を中心とした座敷に前室を付けた客室を配す。全室に広縁を設け、床構え等に優れた大工技術を用い、優れた意匠と上質の空間を形成する。 |
国・長野県・上田市による指定文化財の指定区分別一覧表
|
指定区分 |
名称 |
||
| 国 | 国宝 | 建造物 1 | 安楽寺八角三重塔 |
| 重要文化財 | 建造物 3 | 前山寺三重塔 中禅寺薬師堂 常楽寺多宝塔 | |
| 彫刻 4 | 長福寺銅造菩薩立像 中禅寺薬師如来坐像附木造神将立像 木造惟仙和尚坐像 木造恵仁和尚坐像 | ||
| 古文書 1 | 生島足島神社文書 | ||
| 国認定重要美術品 | 絵画 1 | 板絵著色三浦屋の図 | |
| 書跡 1 | 紙本墨書徳川家康日課念仏 | ||
| 選択無形民俗文化財 1 | 別所温泉の岳の幟行事 | ||
| 国登録有形文化財 2 | 前山寺本堂及び庫裏・玄関・山門 花屋ホテル本館・事務室棟ほか |
||
| 長野県 | 県宝 | 建造物 5 | 西光寺阿弥陀堂 生島足島神社本殿内殿 生島足島神社摂社諏訪社本殿及び門 生島足島神社歌舞伎舞台 舞田石造五輪塔 |
| 絵画 1 | 絹本著色綱敷天神像 | ||
| 彫刻 1 | 中禅寺木造金剛力士立像 | ||
| 記念物 | 史跡 1 | 塩田城跡 | |
| 上田市 | 建造物 11 | 奈良尾石造多重塔 安曽甚太夫五輪塔 旧宣教師館 五加八幡社石燈籠 保野塩野神社廻り舞台 中禅寺石造五輪塔 前山塩野神社拝殿及び本殿 安楽寺経蔵・八角輪蔵 別所神社本殿 常楽寺本堂 常楽寺石造多層塔 |
|
| 絵画 7 | 板絵著色絵馬富士の巻狩り 紙本著色花鳥人物屏風 絹本著色愛染明王画像 絹本著色聖観音画像 絹本著色藤娘と鬼の念仏絵 板絵著色踊り念仏と六歌仙 板絵著色劉備檀渓渡河の図 |
||
| 彫刻 7 | 奈良尾石造大姥坐像 西光寺金剛力士像 生島足島神社木造狛犬 保野塩野神社木造狛犬 前山寺大日如来坐像 前山塩野神社木造獅子頭 手塚八幡社木製鬼板 | ||
| 工芸品 3 | 生島足島神社鉄製湯釜 中禅寺銅製鰐口 常楽寺木造百万塔 | ||
| 書跡 1 | 佐久間象山書五反幟 | ||
| 古文書 6 | 西光寺紙本墨書武田信玄の朱印状 前山寺紙本墨書武田勝頼の朱印状 前山塩野神社紙本墨書武田信玄の朱印状 野倉惣帳 安楽寺蘭渓道隆尺牘 安楽寺黄檗版蔵経 | ||
| 有形民俗文化財 1 | 野倉地芝居引幕 | ||
| 無形民俗文化財 4 | 下之郷三頭獅子 保野の祇園祭 氷上王子神社太神楽獅子舞 前山三頭獅子 | ||
| 史跡 6 | 徳邦和尚火定の跡 東馬焼窯跡 他田塚古墳 塚穴原第一号古墳 王子塚古墳 皇子塚古墳 | ||
| 名勝 1 | 鴻の巣 | ||
| 天然記念物 5 | 大六のケヤキ マダラヤンマ及びその生息地 ちがい石の産地 前山寺参道並木 愛染カツラ | ||
