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長野大学の学生が塩田や大学の歴史を紐解いた小冊子を発行

長野大学といえば、学生数が約1,500名と、塩田の中で一番若者が集うところです。
もともと、今から54年前の1966年に当時の塩田町が土地や財産を提供してできた大学なんです。できた当時は「本州大学」という名前でしたが、開学から8年後に「長野大学」に名称変更されました。
そんな地元に根付いた大学の学生が、鎌倉時代からの塩田の歴史や、大学がどのような経過でできて今に至っているかを内容にした冊子を作ってくれました。
社会福祉学部の山浦和彦教授のゼミ生たちで、「長大なんだい??どうしてだい??」と題した14ページの冊子です。

 

 

 中には、「信州の鎌倉」といわれる塩田の歴史を紐解くということで、前山寺や中禅寺、安楽寺などお寺の紹介や、鎌倉時代に蒙古が攻めてきた元寇の時の執権北条時宗の補佐役だった北条義政が引退して塩田に居を構えたこと、塩田から鎌倉まで行くための街道があったことなど写真やイラスト入りで書かれています。
また、大正デモクラシーや上田自由大学があった頃から本州大学の設立までの経緯や、その後長野大学となり、そして、3年前に上田市が設立者の公立大学になるまでの歴史も、あまり地元にも知られていないエピソードを交えて記されてます。
長野大学は、古くから「地域貢献」に熱心に取り組んでいて、私学時代には日経新聞社が行う大学の地域貢献度ランキングで「私立大学日本一」を何年も続けて受賞するなど評価されてきました。
公立化された今もため池フェスティバルなどのイベントや、自治会で行う道祖神祭りで子どもたちの遊び相手をしてくれるなど、塩田地域で大小さまざまな地元支援をしてくれています。このブログを公開している「塩田まちづくり協議会」「地域連携協定」も締結しています。

これからも、地域と大学がいろんなことをいっしょにやっていってほしいと思いますし、そのためにも、塩田や大学の歴史を紹介したこの冊子も、地元の人にも読んでもらいたいなあと感じます。(F森)

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