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四国八十八所の霊場を信州の塩田で巡る その10 無量寺

江戸時代の元禄の頃、四国霊場の仏像を塩田に勧請した札所を巡る旅。10回目は、13番札所の「無量寺」です。浄土宗のお寺。法然上人がはじめた「南無阿弥陀仏」を唱える宗派です。
西塩田の手塚という地区にあるお寺で、山号は「光栄山」。
このお寺は、ご本尊が阿弥陀如来で浄土宗らしいのですが、本堂の隣にある地蔵堂に安置されている仏像がなんといっても特徴的。「元木の地蔵」というお地蔵さんです。
昔、この地を訪れた弘法大師(空海)が、手塚の奥にある沢山地籍にあった柳の木に霊気を感じ、その根元の方で彫ったのがこの地蔵菩薩。沢山の岩場に北向きに安置しました。その後、いろいろなところに移されましたが、明治2年(1869)に無量寺に安置されました。
お地蔵さまの立ち姿。長い光背の前にスっと立っていて、少し薄れていますが金色の衣。優しそうでちょっと知的なお顔ですね。

 

 この地蔵は、柳の霊木の根元を彫ったということなんですが、先の方でも弘法大師は彫っていて、その名も「末木の薬師」といいます。薬師如来の両側には脇侍(わきじ)の日光・月光菩薩。薬師如来の守護神である十二神将もそろっています。
手塚より南にある中野のお堂に安置されています。江戸時代には龍澤寺という、これも札所になっているお寺に安置されていたのですが、明治30年に今の場所に移されています。
このお薬師さんとお地蔵さんは南北に向き合っています。昭和41年に土地の都合で東向きのお堂になったのですが、平成25年に原型に近い形でお堂が新築されました。
昔、この薬師堂の南にある中野前池というため池の土手を馬に乗った人が通ったら、二つの仏像を結ぶ線を横切ったということで、馬が転んで人が大怪我。そこで、池の土手に馬頭観音を置いたとのこと。この話は、中野と手塚が水をめぐって深い関係にあったことからのものと思われます。中野の前池は水量が少なく、昔は手塚の舌喰池の水を分けてもらっていたそうです。雨が少なく、日照りの時は田んぼに入れる水に事欠く塩田で、ほかの地区に水を融通するという共助の精神だったんですかね。まさに地蔵と薬師の慈悲の心。(F森)

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