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塩田平にたくさんあるため池を紹介するシリーズ。3回目は「舌喰池」です。
手塚にあるため池で、貯水量は13万8千トン。満水の時の面積は6ヘクタールを超え、面積では塩田で4番目の大きさです。
造られたのは江戸時代初めの1622年。手塚の田んぼを400年も潤してきたのです。
ここは、池周辺の環境整備が素晴らしくて、ひろ~い芝生広場などイベントをやるのに最適な場所といえます。去年と今年は残念ながら中止になりましたが、ため池祭の一環で、「百八手」をこれまで数回行ってきました。昔から行ってきた雨乞いを再現するイベントで、夕方も暗くなってきた頃、池の周りに2mもの長い竹にワラを巻いた松明200本に一斉に火を付け、「あ~め~ふ~らせ たんまいな」とみんなで唱えるもの。周りが暗い中、たくさんの火がずらっと並んで見え、しかも池にも燃え盛る火が映ります。
また、今年は「百八手」は中止になったものの、「花火大会」は9月下旬に実施されました。地元の皆さんの寄付もたくさん集まり、20分以上にわたり盛大できれいな花火を大勢の皆さんが満喫していました。
そんな舌喰池ですが、そのちょっと奇妙な名前にまつわる悲しい物語があるのです。
昔、この池の土手から水が漏れて、どうやっても水をためることができません。改修をするということになったのですが、人柱を立てなければ水がたまらないという話が伝わってきて、誰を人柱にするかくじ引きで決めることになりました。
人柱というのは、生きた人!を土中に埋めて工事がうまくいくよう祈るものです。
そんな誰もなりたくない人柱に当たってしまったのが、村はずれに住む若い娘さんです。
娘さんはたいそう悲しみ、人柱になる前の日、とうとう舌を噛み切って池に身を投げてしまいました。
池の改修はできましたが、村人たちは、それまで「大池」と名付けられていた池を「舌喰池」と呼び、娘さんにお詫びをしながら水を使うようになったそうです。
そんな悲しいことがあったこと、そして今でもそれが伝えられてきていること、今は米作りだけではなく、塩田中の人たちの憩いの場になっていること、そうしたことにいろいろな思いが湧いてくる池であります。(F森)