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弘法大師と塩田北条氏のゆかりの寺 西光寺

 NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主役「北条義時」は、これからいよいよ幕府内や朝廷をも抑え、実質的な天下取りに向かっていきます。
その孫である「北条義政」が引退して塩田に移住したのはそれから約50年後。鎌倉幕府の力も、蒙古の侵攻などもあって少しずつ衰えてくる頃です。
とはいえ、義政の息子の国時の頃には、龍光院を開き、おそらく安楽寺八角三重塔の建立にも関わっていたと思われ、相当な力を持っていたのでしょう。
東塩田の「西光寺」もその一つ。
西光寺に伝わる話では、その昔、平安時代に弘法大師が塩田にやってきて、村人たちの願いによって、大日如来と阿弥陀如来の仏像を彫ってくれたそうです。そして村人たちは、今の西光寺境内にある阿弥陀堂のところに小さいお堂を建て、仏像を安置しました。
それから400年以上もたった鎌倉時代、北条国時が、夜、塩田と丸子の境の二ツ木峠から西を見ると、ときどき光が見える。なにか貴いものがあるのでは ということで、大日如来を本尊とした西光寺を開き、阿弥陀如来はそのお堂に安置して、それが後に今の阿弥陀堂になったとのこと。
 今の阿弥陀堂は「県宝」に指定されています。室町時代に建立されたようです。このお堂、東向きに建てられています。参拝する人は、西側におられる阿弥陀如来像を東側から拝みます。阿弥陀如来がおられるのは「西方浄土」。だから西に向かって祈るわけです。
ここの阿弥陀如来像は、ほかとはちょっと変わっています。一般的には「阿弥陀三尊像」といって、阿弥陀像を中心にして、右に観音菩薩像、左に勢至菩薩像が「脇侍」(わきじ)として両脇を固めるのです。が、ここには、三体の仏像があるのですが、いずれも阿弥陀如来像。こういうお姿は、塩田ではここだけです。
そして、このお寺の本堂に向かって南から参道が伸びているのですが、その先にあるのが仁王門。金剛力士像が両側に立っています。筋骨隆々とした仁王さん。運慶・快慶が造った東大寺南大門の金剛力士像みたいな感じで、中禅寺のやさしいお姿とは違う、いかにも守り神っていう雰囲気です。鎌倉時代の作のようなのですが、元々は須坂市の米子不動尊にあったものを江戸時代中期にここに移したのだそう。どういういきさつがあったのでしょうかね?
 本堂も阿弥陀堂も、そして金剛力士像も北条国時の時代のものではありませんが、「西に光を見た」国時の思いは、「西光寺」の名で引き継がれています。(F森)

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