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塩田平の文化財 仏像⑧ 馬頭観音

塩田平にある仏像を仏様の種類(?)ごとに紹介するシリーズ。「阿弥陀如来」で最終回と思っていたら、肝心な仏像を紹介していませんでした。
 お寺やお堂にはないのですが、路傍に立っている「馬頭観音」。塩田にある仏像の数からすると、間違いなく一番多いでしょう。
馬や牛など家畜の守り神であり、また、馬で人や荷物を運んだ頃の旅の安全を守る仏様ですね。
したがって、こうしたものを運ぶための道のそばに馬頭観音は建てられています。
仏像の頭に馬の頭が付いているのがこの観音様です。最初の写真は平井寺にある馬頭観音。頭に馬があるのが分かると思います。
これがあるところは、平井寺峠に向かう登山口です。平井寺トンネルができるずっと以前、山道を上り下りして人や物資が行き交いました。この観音様ができたのは江戸時代の中期から後期にかかろうかという1778年。今は通る人もいない道が、この頃は盛んに使われていたのでしょう。
次の写真は、手塚にある「一光三尊」の馬頭観音です。「一光三尊」とは、「光背」に3体の仏像が並んでいるということ。光背は、仏様の光が輝いている様子を表したもので、仏像の後ろに描かれています。有名なのは善光寺の「一光三尊阿弥陀如来」ですね。一つの光背に阿弥陀如来と観音菩薩、勢至菩薩が並んでいます。でも馬頭観音が一光三尊とは珍しいです。
 ここは、手塚から梅の木峠や市峠を通って、丸子の内村というところを通り、鹿教湯温泉や霊泉寺温泉方面に行く道筋にあります。内村の方からは、山でとった薪や炭を塩田や上田に売りに行ったそうです。
3枚目の写真は、中野の中野前池の土手にある馬頭観音。仏像ではなく、文字で「馬頭観音」と書かれた「文字碑」です。二基並んでいて、一つは上の部分が欠けています。
 この馬頭観音の建立のいわれはちょっと変わっています。
昔、弘法大師が沢山地籍で柳の大木に霊気を感じ、根元の方で地蔵菩薩を彫り、枝に近い方で薬師如来を彫りました。「元木の地蔵」と「末木の薬師」です。地蔵は手塚で北向に安置され、薬師は中野で南向きに置かれました。両者は南北に向き合って、目線があっているのです。あるとき、一人の武士が馬に乗ってやってきて、この目線を切ってしまいました。馬は転んで馬も武士もけがをしてしまいました。そこで池の土手に馬頭観音を建てたのだとか。
ご紹介した馬頭観音は、塩田の中でも特徴のある観音様ですが、塩田の道を歩くと、いたるところでこの観音様を目にします。
同じようによく見るのが「道祖神碑」です。多くは、旅の神様である「猿田彦命」を祀ったもので、悪いものが村に入ってこないようにとの願いから建てられたもの。
馬頭観音は、それと同じように、村の人たちの切なる願いを込めた仏像です。お寺の本尊やお堂にある仏像のように、芸術品とも言えるものとは違って、造りは素朴で、ときに荒っぽかったりしますが、村人たちの馬や牛を思う気持ち、平穏な生活を願う気持ちはよくわかりますね。(F森)

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