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塩田平の文化財 男女?!のお地蔵様

下本郷の歴史」という下本郷自治会が昭和57年(1982年)に発行した本を読んでいたら、「元お堂があった所に男女二体の地蔵さまが今も元のままにある」という記述。
「男女二体の地蔵様」 え、ナニソレ?!
地蔵菩薩を始め、仏像に男女の別があるのを初めて聞きました。
 早速現地に行ってみます。下本郷の東南で、五加との境近く。村の中の通りから狭い道を行った先にある広場の片隅にそれはありました。
上屋の中に、立っているのと坐っている二体のお地蔵様です。
右のお地蔵様は右手に錫杖、左手に宝珠を持っている、お地蔵様の典型的なお姿ですね。
左のお地蔵様は、頭部を見ると、長い髪の毛を束ねて頭の後ろに持って行っているようなお姿です。そしてお顔は女性のような。
いろいろな仏像を見ると、例えば不動明王や金剛力士なんかは、いかにも剛力の男性に見えますし、観音菩薩像では女性を思わせるような姿のものもあります。
でも、これは男の薬師如来坐像です、とか、これは女性の千手観音菩薩です、というような男女の別がある仏像ってないですよね。
 仏像って、男とか女とかっていう区別を超越しているのか、又はやっぱり「男」を前提にしているのか、今まで考えたこともなかったので、今回のお地蔵様を見て、初めて考えてみる機会になりました。
この二体のお地蔵様に関しては、甲田三男さんが平成22年に出された「上田地域の石造文化財」という本にも、「下本郷の丸彫立像と丸彫坐像」として掲載されています。宝永5年(1708年)の造立とのこと。
この頃の日本は大災害が相次いでいて、前年には、今でいう南海トラフの大地震や富士山の大噴火があり、お地蔵様が造られた5年には浅間山が大噴火しています。
そうしたいろいろな厳しい状況がある中で、お地蔵様にすがる気持ちだったのかもしれません。
ただ、甲田さんの本の中では、「二体の地蔵ともに頭部は後に付け替えられたもの」と書かれています。付け替える前と後で、お顔は同じだったのか変えたのかはわかりませんが、多分優しい表情は同じだったんだろうと思います。
そして、もう一つ。風間野石仏の会が発行した「小県石造文化財集成 塩田」の中では、右の仏像は「如意輪観音」とされています。女性たちが毎月十九日の夜に集まり、安産や子育てをみんなで祈願する十九夜講のための仏像としています。確かに、「輪王坐」という如意輪観音独特の坐り方にも見えます。
 下本郷には、これは前に紹介しましたが、「福神子安地蔵」という、子どもを抱いたお地蔵さんがあります。
男女の地蔵菩薩も子どもを抱いた地蔵菩薩も、塩田ではこの下本郷のものだけです。いずれも上屋がかかり、お地蔵様の姿を見ても、地域の方々に大切にされていることがわかります。時代は移ってきても、日々の安寧や子どもの成長を願う人々の願いは変わらないですからね。(F森)

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