「薙鎌」(なぎがま)という単語を人から口頭で聞いて「何それ?」でした。「鎌」は草刈に使う道具ですよね。「薙」という言葉は、辞書によれば「草などを横に払って切る」や「勢いよく倒す」という意味でした。
結局のところ「薙鎌」というのは草を切る道具=鎌そのものなのか?
8月に行われる塩田平文化財保護協会の講演会のために、講師である長野県立歴史館参与の笹本正治先生が事前調査にお見えになり、それに同行して生島足島神社に伺い、その薙鎌の写真を見せていただきました。
「何これ?」珍百景の形です。
反り返っている姿は「鎌」風ですが、目とくちばしのようなものがあり、頭の後ろは、鎌というよりノコギリのようなギザギザが付いています。「天正20年」と刻まれているので、1592年に作られたものでしょう。
講師の先生の話では、薙鎌は水と風のシンボルで、鳥にも似ていますが、蛇(竜)の形で、ギザギザは竜の背中、目は本来は蛇の目なのだそうです。
この薙鎌ですが、有名な諏訪大社の御柱祭では重要な役割を持つ神器で、御柱となる木を決めた時にその木に薙鎌を打ち込むのだそうです。伐採の時にも使うし、御柱祭以外の祭事にも使われるたいへん重要な役割を持つ神器だということです。
この薙鎌は、諏訪大社の御柱祭に用いられるように、諏訪信仰と密接な関係にあるようです。
生島足島神社に薙鎌があるのは、やはり摂社諏訪社があるからでしょう。
諏訪社の祭神は、諏訪大社と同じ建御名方命で、彼が諏訪に向かう途中でこの地に来た時、生島大神と足島大神に米粥を煮て献じました。これは今も「御籠祭」という神事で伝えられています。
諏訪社と生島神・足島神が祀られている本社は向き合っていて、その間に「御神橋」があります。毎年11月3日に諏訪神が諏訪社からこの御神橋を渡って本社の「籠殿」へ遷ります。これが「御遷神事」で、このあと4月中旬まで、諏訪神が7日ごとに御粥を焚いて二柱の神様に献供します。
このお宮の御柱祭は、諏訪神が生島神・足島神に献じるもので、昔の御柱祭を見た方の話では、一の柱の前に薙鎌を持った人がいて行列を先導したそうです。
今は行われていないようですが、生島足島神社にとっても重要な役割を持つ神器なのでしょうね。
そして、笹本先生のもう一つの調査先は保野の塩野神社でした。ここの本殿の奥に薙鎌が2つあるのです。それぞれ長い棒状の板に付けられています。先生の見立てでは江戸時代のもののようです。
このお宮では、7月に祇園祭が行われますが、50年ほど前にこのお祭りを見た方によると、女の子たちが踊るささら踊りが進む先頭にこれを持った人がいて踊り手を先導していたそうです。
写真や現物を見せていただき、先生に解説もしていただきましたが、現場でのことで時間も少なく十分なお話も伺えませんでしたので、この続きは8月の講演会で聞きましょう。(F森)
日時 8月30日(日)14時から16時
場所 生島足島神社齋館
講師 長野県立歴史館参与(元館長) 笹本正治さん
演題 諏訪信仰と塩田平














