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江戸時代の元禄の頃、四国霊場の仏像を塩田に勧請した札所を巡る旅。4回目は3つの札所を回ります。
第二番札所の「町屋観音堂」。宗派は真言宗智山派。お寺は江戸時代元禄の頃に建てられたということですが、焼失してしまったそうで、今の建物は地元の集会所として利用されています。残念なことですが、お寺があった名残といってはなんですが、すぐ横に墓地があり、お参りに来ている方もおられました。
次に番外の「心月山 大円寺」。平井寺トンネル(平井寺峠)の横からせり上がる富士嶽山(ふじたけさん)の北の山裾にあって、長い坂道を登っていった眺めの良い場所です。これまでの札所のあたりがよく見えます。道元禅師が開祖の曹洞宗のお寺です。禅寺ですね。本堂の中に「選佛場」(せんぶつじょう)という額があります。選佛場というのは、坐禅をする場所のこと。「ほとけを選ぶ」とはどんな意味でしょうか?でもいずれにしろ厳しい修行の場なんでしょうね。
第三番札所の「平井寺地蔵堂」は、場所がなかなかみつかりませんでした。大円寺の坂を下って、平井寺トンネルに行く主要地方道上田丸子線を横切って集落内の道をしばらく行くと、住宅と住宅の間に車の通れないような細い道があって、そこを登っていきます。竹やぶの中の道(といっていいのか、ほとんど草むらの中でしたが)を草をかき分け行くと、やっと地蔵堂がありました。林の中で集落の中からも見えません。でもお堂は、小さいながらもしっかりとした構えです。「平井寺」というお寺が廃寺になり、残ったお地蔵様を供養するため、大正時代に大円寺のご住職が建てられたのだそうです。(F森)