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江戸時代の元禄の頃、四国霊場の仏像を塩田に勧請した札所を巡る旅。今回は保野にある龍昌院です。18番札所。曹洞宗のお寺で、安楽寺の末寺です。
創られたのは1615年。大坂夏の陣で真田幸村公が戦死した年で、今から約400年前。安楽寺三世の和尚さんが幸村公の兄の上田藩主信之公の支援を受けて建立したとのことです。信之公が開基ということですね。
ということで、信之公とはつながりが深いのですが、このお寺には信之公のお墓があるのです。信之公は1622年に松代藩に移って、そこで亡くなるのですが、長国寺というお寺に霊所があります。で、なぜ龍昌院にお墓があるかと言えば、このお寺から信之公の位牌が発見され、そうしたことから長国寺から分骨してもらって、10年ほど前の平成22年に墓を建立しました。
龍昌院は、県道177号線の通称別所街道の北側の山手にあります。保野には札所になっているお寺が二つあり、龍昌院と、保野の旧道沿いにある林法院。保野の人たちは、龍昌院のことを「山寺」、林法院を「町寺」と言うそうです。
龍昌院の本尊は「釈迦如来」。曹洞宗のお寺では一般的です。ただ、このお寺のお釈迦様はちょっと変わっていて、「出山の釈迦像」(しゅっさんのしゃかぞう)という名前です。立っている形の「立像」で、お釈迦様が山で6年間の苦行を重ねたのち山を出てきた時の立ち姿を表しているそうです。道元禅師の教えである「只管打坐」=ただひたすら坐禅する という坐禅を中心にした厳しい修行で知られる曹洞宗にふさわしい仏像なのかなあと感じました。(F森)