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昭和時代の塩田の物語 ~小説 独鈷山~

昭和30年代というと、太平洋戦争後の苦しい時代をなんとか過ぎ、これから高度成長に向かおうという時代でした。その最後の年、昭和39年(1964年)には東京オリンピックが開催されることになっていて、いろんな希望があった頃ですね。
 そんな時代の塩田を舞台にした小説が発刊されました。「小説 独鈷山」という題名。著者は黒坂正文さんです。「黒坂黒太郎」という名前で知られるコカリナ奏者が、本名で出した本です。西塩田の東前山で生まれ育った方。前山寺や塩田城跡がある所ですね。
その黒坂さんが自分の子どもの頃の塩田を描いています。
話は、東前山に住む小学生が、東京から転校してきた子と出会い、一緒に遊んだり農作業をしたりする中で友情をはぐくみ、でも最後に別れが待っている、そんな物語です。
その頃の塩田は、まだまだ農業が産業の中心で、働きに出ている人も田んぼを耕作する人が多かった時代です。子どもも農作業を行い、長野県全体がそうでしたが、田植えや稲刈りの時期は「農繁休業」で学校が休みになりました。その分、夏休みが短かったですけどね。
 小説の中では、「道祖神祭り」「どんどん焼き」といった子ども中心の行事や、ため池で水泳やスケートをしたことも出てきます。プールがなかった時代です。ため池だけでなく、川でも泳いでいたそうです。そして、ため池でスケートなんて、今では絶対に池は凍りません。2枚目の左側の写真を見てください。小説で出てくる「塩野池」ではないのですが、ため池の氷の上をたくさんの子どもたちが滑っています。履いているのは「下駄スケート」。
また、雨が降らない干ばつの時は、塩田中のため池で「百八手」とかの雨乞いが行われました。右側の写真は、昨年「舌喰池」で行われた「ため池祭り」の時の「百八手」。たくさんの松明を池の堤で一斉に燃やします。
 そして「独鈷山」。南にそびえる塩田の人たちのシンボルの山(でもね、西塩田と中塩田に住む人たちはそうなんですけど、東塩田や別所からはほかの山があって見えないんですよ)。その麓で暮らしている人たちを描いた物語なので、この山を小説の題名にしたんでしょうね。
思わず涙が出てくる場面もあって、一気に読んでしまいました。
当時を懐かしく思う大人だけでなく、子どもたちにも読んでほしい一冊です。(F森)

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