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塩田平の検定試験に出る文化財⑦ 龍光院

今年も第3回が行われる「日本遺産 信州上田塩田平検定」に出た問題を紹介するシリーズ。
検定は、12月13日(土)に実施。1か月を切りました。
→ https://www.city.ueda.nagano.jp/site/nihonisan/112455.html
7回目は、東前山地区にある「龍光院」に関する問題です。
早速第1問。
 龍光院本堂にある屏風「紙本花鳥人物屏風」の作者は、次のうち誰でしょうか。
  1 狩野永徳(かのうえいとく)
  2 狩野山楽(かのうさんらく)
  3 狩野永琳(かのうえいりん)
  4 狩野永楽(かのうえいらく)
答えは、3の狩野永琳です。
この絵なのですが、十二幅をまとめた六曲一雙の屏風に描かれたもので、両端に花鳥、その内側に中国の高士人物二人を向き合わせ、中央の二幅はともに同じ季節の草花を描き、鳥や蝶を添えています。市の指定文化財になっています。
作者の狩野永琳は、西前山の保科弥右衛門という方の二男で、江戸時代中期の明和4年(1767)生まれ。狩野高信の門に入り、上達が早く、文化5年(1808)に、師の代理で京都御所で龍の絵を制作中に客死した、と伝えられている。兄弟弟子に妬まれて毒を盛られたのではないかという言い伝えもあります。
江戸から遠く離れた塩田、上田の街中でなく、言ってみれば田舎の男の子が画家を志して江戸に行く。もちろん、保科家もしくは後援者の財力もあったのでしょうけれども、塩田の文化力の高さを感じます。
では、第2問。
 龍光院の現在の宗派は、次のうちどれでしょうか。
  1 浄土宗(じょうどしゅう)
  2 真言宗(しんごんしゅう)
  3 曹洞宗(そうとうしゅう)
  4 天台宗(てんだいしゅう)
答えは、3の曹洞宗です。
龍光院は、塩田北条氏ゆかりのお寺です。
鎌倉時代、蒙古が攻めてきた元寇は、文永11年(1274)の文永の役と、弘安4年(1281)の弘安の役の2回あるのですが、最初の文永の役の時、執権を務めていた北条時宗の補佐役をしていたのが、北条義政です。
その義政、文永の役の後、健治3年(1277)に塩田に移住してきます。理由については、諸説ありますが。
でも、その4年後に亡くなってしまいます。その菩提を弔うために、子の国時がこのお寺を創建しました。当時は臨済宗で、寺の名前も今とは違い「仙乗寺」。
その後、室町時代にかなり廃れたようで、江戸時代直前、関ケ原の戦いの翌年の慶長6年(1601)、現千曲市から瑞応和尚を迎え、曹洞宗に改宗しました。
 このお寺、ユニークなお地蔵さんがあります。
本堂の横に12体。全部動物が横にいたり、動物に乗っているお地蔵さんも。動物は、ねずみ、牛、虎、うさぎ- – -。そう干支の動物です。ガイドをしていて、特に子どもたちにはとても喜ばれるお地蔵さんですね。(F森)

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