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水の中にあった農業遺産

最初の写真。建物の前にあるのは「土井」です。ため池の水を田んぼに入れるため、水路に水を出すための、言ってみれば「蛇口」のような装置ですね。
横棒が2本平行になっていて、両側の縦の棒で横棒を支えています。そして真ん中には、上の横棒を貫いて長い縦棒が伸びています。
これがあるのは、保野塩野神社の廻り舞台の横壁前。すぐ近くにある塩吹池で使われていたものです。
塩吹池は、貯水量が11万5千トンもある大きな池。塩田のため池で5番目に水が多い池です。池の水がない時は地面に真っ白な塩が吹き出たため、この名前が付けられたそうです。
江戸時代中期の1702年に今のような大きな池になりました。当時とすればとても大きな池でした。
土井についてなんですが、これをどのように使って水を出すのか。
2枚目の左の方の写真を見てください。これは小島大池に前にあった土井なんですが、上の方を残して、下の方は水に沈んでいます。土井の下には、右の写真ですが「底樋」と言って水を流す木の管があり、これを通って水がため池の外まで出てきます。底樋の表面に丸い穴が開いています。水を流さない時は、この穴に土井の縦の棒が納まっていますが、縦の棒を上に引き上げると、水がこの穴から管に入って池の外に水を運んでいきます。
 保野の方々で作る保野歴史研究会が設置した説明板によると、この土井は江戸時代に今の池になってから昭和中期まで使われていたそうです。
土井を使うときは、池の中を泳いで土井まで行って、横の棒(笠木やその下にある中桟)に乗って縦の棒を上に引き上げる必要があります。水が冷たい時は大変だったでしょうね。
今は、3枚目の写真にあるように、斜樋という装置で、水に入らなくても外から水を出すことができるようになっています。
 塩吹池でも、平成25年度からの堤体の耐震工事に合わせてこのような設備ができました。
今は実際に見ることのできなくなった土井や底樋ですが、貴重な農業遺産ということで残していってほしいものです。
2枚目にある底樋の写真ですが、不動池などの耐震工事で出てきたものをさくら国際高校の校舎で保管してある様子です。その後、塩田平文化財保護協会が薬品を塗って劣化を防ぐようにしてありますが、これからは一般の方々が見られるよう、展示についても方法を考えていってもらえればいいなあと思います。(F森)

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