最初の写真をご覧ください。五加にある「八幡大神縣社」の大石灯篭と幟です。灯篭は高さ8メートル、幟は12メートルもあって「五反の幟」と呼ばれています。
幟の文字を揮毫したのは佐久間象山です。
佐久間象山といえば、御存じ幕末に活躍した松代藩士です。蘭学や砲術を教える私塾を江戸で開き、吉田松陰や坂本龍馬、勝海舟といった人たちを育てました。また、電信機や地震予知器といった先端技術を使ったものも作るなど、日本の近代化に貢献した人です。
掲揚されている幟は実はレプリカで、象山が揮毫した本物の「五反の幟」は五加の自治会館に保存されています。
市の指定文化財になっており、外に出すことはないのですが、年に1回虫干しのため自治会館の大きなホールに広げられます。せっかくだから一般の人たちにも見てもらおうと、見学会にもなっていて、7月19日の日曜日に行ってきました。
この幟、自治会館の大きなホールの端から端までの長さがあって、1枚の写真では2本は収まりません。くっつけたものが2枚目の写真です。
片方の幟には「五加洪福村」と、五加村には福があふれんばかりだということを表しており、もう1本の方は、神社の祭神である八縣宿祢命(やあがたすくねのみこと)を祀っていることを示した文字が書かれています。
五加の人たちが象山に揮毫してもらったのは文久2年(1862年)。この時象山は、吉田松陰がペリーの黒船に乗って渡航しようとした事件に連座して江戸で入牢し、その後松代に蟄居させられていました。五加村の人たち8名が松代に行って揮毫を頼み、象山も快諾して書いてくれたそうです。これだけの大きさなので、墨をするのに7日間もかかったのだとか。
見学会で見せていただいたのはこの幟だけではありません。
最初の写真にある大石灯篭の竿石に書かれた文字は「修善生洪福」。善を修めればたくさんの福が生まれるというような意味でしょうか。この碑文の原書も公開されていました。
これを揮毫したのは勝海舟です。海舟が書いた生の(?)字を初めて見ましたが、江戸城を無血開城に導いた幕末の英雄の書、興奮しましたね。
この勝海舟と、幟を揮毫した佐久間象山は、実は義兄弟なんです。海舟の妹さんが象山に嫁いでいます。象山の方が海舟より10歳以上も年上なのですが、海舟が義兄。
そんなつながりのある、幕末に大活躍をした二人の書いたものがそろって五加に残っています。
せっかくですから、海舟の大石灯篭の横に、レプリカの象山の幟ではなく本物を揚げてもらいたいのですが、指定文化財だしさすがに無理だよなあ。
それはともかく、お宝はほかにもありました。
八幡大神縣社では、江戸時代に社殿が再建されたのを祝って、江戸の大相撲が来ています。そして、その後明治になるまで江戸から有名な力士や行司が何度も来ています。お宮には今も土俵があって、「子ども相撲」という形で相撲が引き継がれています。
その江戸大相撲の行司が使った軍配や江戸相撲を行うことを許可する書状、五加に江戸相撲が来た由来を書いた書類などもあります。
年に1回とはいえ、毎年こんなお宝を公開していただき、五加の方々には感謝です。(F森)














