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塩田平の検定試験に出る文化財⑧ 奈良尾大姥坐像

今年も第3回が行われる「日本遺産 信州上田塩田平検定」に出た問題を紹介するシリーズ。
8回目は、東塩田の富士嶽山のふもとにある「大姥坐像」に関する問題。
 「大姥様」と呼ばれるこの像は、高さ38cmの石像。老婆が座った姿で、目と口を大きくあけ、胸をはだけ、両手を膝に置き泣いているような、笑っているような不思議な表情をしています。人が亡くなった時、三途の川で亡者の衣服を剝いでしまう「奪衣婆」ではないかと言われてきました。
その大姥坐像の第1問。
奈良尾石造大姥坐像は、次のうちどのような理由で造られたとされているでしょうか。
  1 山火事が治まったお礼
  2 雨乞いをして雨が降ったお礼
  3 富士嶽山での安全祈願
  4 戦(いくさ)の戦勝祈願
正解は、2の「雨乞いをして雨が降ったお礼」です。
たいへんな日照りの際に富⼠嶽山で⾬乞いをしたところたちまち⾬が降ったので、お礼として、室町時代後期の寛正7年(1466)に造られたものです。像の背面にその年号が記されています。
では第2問。
奈良尾石造大姥坐像が使われた事例で、実際に行われたことは、次のうちどれでしょうか。
  1 雨乞いのため、石像を池の中に放り込む
  2 山の安全祈願のため、石像を富士嶽山に担ぎ上げる
  3 夏祭のとき、石像の周りで踊りを踊る
  4 富士嶽神社の祭礼のとき、石像を境内に遷座する
正解は、1の「雨乞いのため、石像を池の中に放り込む」です。
 雨が降ったお礼で造られたのですが、日照りの時は雨乞いのため池に投げ込まれたのだそう。
同じ東塩田の鈴子にある薬師堂の横にも同じような姿の「大姥様」があるのですが、それも同じ役目を。かわいそうですが、仏像などを雨乞いで川などに投げ込んで祈るのはほかでも行われていて、五加地区にある「絵堂の地蔵」野倉地区の「赤地蔵」もそうです。
ところで、こんな姿の「大姥様」で、「奪衣婆」かと言われてきましたが、違う説があり、有力になっています。
大姥坐像の近くにある「富士嶽神社」。このお宮の奥宮が「富士嶽山」の頂上にあります。神社の祭神は「木花佐久夜毘売命(コノハナサクヤヒメノミコト)」。天照大御神の孫であるニニギノミコトの妻ですね。この神様、富士嶽山の頂上を目指して、供の女性と薬師(くすし=医者)と登っていきます。富士嶽山は険しい山で、今も上の方はとても急坂。木花佐久夜毘売命は頂上に着いたのですが、供の二人は途中で亡くなってしまいます。その供の女性は、「お付きの人」ではなく、姉の「石長比売命(イワナガヒメノミコト)」ではないかということです。
 大姥坐像のすぐ横には「弥勒仏塔」という多層塔が建っています。鎌倉時代、蒙古が攻めてきた弘安の役(1277年)に勝利し、蒙古退散のお礼と戦死者供養のため、塩田を治めていた北条国時が創建しました。
大姥坐像と弥勒仏塔は、東塩田を見渡せる眺めの良い場所にあります。人々が平穏な生活を送れるよう見守っているような感じもしますね。(F森)

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