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塩田平の文化財 無言館の奥にひっそり佇む五輪塔

柳沢地区と東前山地区の間にある「山王山公園」。5000平方メートルを超える広々とした芝生広場と野外ステージがある公園ですね。一枚の写真には納まりきらないので、2枚をつなげてみました。北には塩田の田園風景が望めるし、ローラー滑り台やブランコ、すべり台などの遊具もあり、子どもたちにも人気の遊び場です。
 この公園から東側にちょっと上っていくと、無言館があります。
平成9年(1977年)に開館。館主の窪島誠一郎さんらが全国を回って、太平洋戦争で亡くなった戦没画学生の作品を展示しています。戦争の無情さや平和の尊さを伝えてくれるところです。
そして、山王山公園からこの無言館に行く途中にあるのが、第二展示館「傷ついた画布のドーム」。ドームの天井にも画学生たちの作品が飾られています。
 今回ご紹介する文化財は、この第二展示館と無言館の間にある山の中の細い農道を4~5分歩いて行った所にあります。道から今は耕作されていない畑の中を20メートルほど進むとあるのが「安曽甚太夫五輪塔」
 市の文化財に指定されています。2基あって、大きい方が高さ102センチメートル、小さい方は、上の「空輪」と「風輪」が欠けてしまっていますが、元は76センチメートルありました。
地元では、鎌倉時代にこの地域を治めていた塩田北条氏に仕えていた家臣の安曽甚太夫らの墓と言われています。
ただ、塔に年号などが彫られていないので、裏付けることはできません。
無言館から入ってきたこの農道。さらに行くと手洗池に出ます。普段はほとんど人の通らない道のさらに奥にあるので、この五輪塔の存在を知っている人はあまりいないのではないかと思います。
五輪塔は、それぞれ形の違う5層の石でできています。下から「地輪」「水輪」「火輪」「風輪」「空輪」と呼ばれています。信濃国分寺資料館の館長などを務めた尾見智志先生によると、五輪塔というのは、上田地域にはたくさんあるが、長野県でも中信地域や南信地域には少ないのだそうです。
そして、五輪塔というのは、個人の供養塔などとして、鎌倉時代や室町時代に造られ、江戸時代になるとほとんど造られなくなるということです。
尾見先生の資料によれば、安曽甚太夫五輪塔は14世紀に造られたと考えられています。鎌倉時代時代末期から室町時代前半ですね。塩田北条氏の家臣の供養塔と言われているのも、あながち間違いではないのかもしれません。
鳥の声しか聞こえない山の中で、一人この2基の五輪塔をながめていると、侘しいとか寂しいというような気持ちとはちょっと違って、何か坐禅をしているときのように心が澄んでいるような感じがしますね。(F森)

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