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千日回峰行を成し遂げた高僧が書いた雨乞いの幟

千日回峰行」というのは、天台宗総本山の延暦寺がある比叡山を7年間にわたって1日30kmを歩き続ける厳しい修行です。7年間で延べ4万km、そのあとも9日間飲食を断って一睡もせず真言を唱え続ける修行が続きます。
その苦行を成し遂げた僧を「大行満」と呼ぶのですが、江戸時代末期に大行満となった「願海」が揮毫した幟が手塚地区の公民館で年に1度の「虫干し」がされるということで、写真を撮りに伺いました。
なぜ塩田から遠く離れた比叡山の高僧が幟を書いたのか。
ことの発端は、1854年に塩田地区を襲った大干ばつです。田んぼの水はなく、井戸も涸れ、女神岳からの豊かな湧き水である「竜王湧水」も止ってしまいました。
 手塚の人たちは、比叡山の願海に依頼して祈祷してもらったところ、見事!水が湧き出したそうです。
その後、願海は塩田をたびたび訪れるようになり、1858年には、最初の写真の右にある「加持湧出霊泉塔」を建立しています。加持祈祷をしたら水が湧き出したことを記念してのことですね。竜王湧水に入っていく集落の集会施設の横にあります。
それと合わせて揮毫したのが、2枚目の写真の左側にある幟です。
 梵字(古代インド語のサンスクリット語で、仏教でよく用いられる)で書かれているのですが、仏教の6つの修行(六波羅蜜=布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)のうちの「精進」「禅定」「智慧」を意味しているとのこと。
そして、その7年後に書かれたのが右側の2本の幟です。
 「和風常応節」と「甘雨順時行」。「金光明最勝王経」という経典にある経文です。「穏やかな風は常に季節の応じて吹き、恵みの雨は適切な時期にしたがって降ってくれる」というような意味。風も雨も、激しすぎもせず、なくなることもなく、ちょうどいいように吹いたり降ったりしてくれる、そしてそれによって作物も良く育つ、そんな思いが籠っているのでしょうかね。
この幟、近くで良く見ると、筆で書かれたそれぞれの漢字の中に小さな文字で梵字が書かれています。どんな意味があるのでしょうか?
経文が必ず実現するように「念押し」したのか?
この梵字を見ると、そういう気持ちが願海さんにあったことを伺えるような気がします。
願海さんは、塩田に何回もやってきて、地域の人たちを随分交流したようです。
そして、幟だけでなく、4枚目の写真にある「仏頂尊勝陀羅尼塔」という石塔の建立や道祖神碑の揮毫も行っています。石塔は手塚の堰口(せんげぐち)、道祖神碑は手塚の中堰口と保野の市神前のものです。石塔は文字がハッキリするように最近になって色が塗られています。
 天台宗の総本山である延暦寺の大行満が遠く離れた塩田の人たちと交流していたことを、彼が残した文化財を守りながら、後世に伝えていきたいものですね。(F森)

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