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独鈷山を挟んだ虚空蔵堂二つ

日本遺産「信州上田・塩田平」の構成文化財に「法住寺虚空蔵堂」があります。
丸子の東内地区にある国の重要文化財です。
 法住寺は、平安時代に創建されたという天台宗のお寺。常楽寺や北向観音堂を開いた慈覚大師円仁が創建したとの言い伝えもあります。
そして、虚空蔵堂は室町時代中頃の建立と考えられています。中には厨子があって、そこに虚空蔵菩薩が安置されています。外からは見えませんけど。
昨年行われた「ハッケン!上田の仏像展」の図録の写真を見ると、ここの虚空蔵菩薩は、右手は手の平を上に向ける「与願印」を結び、左手には宝珠を乗せています。
虚空蔵菩薩は、無限の智恵と慈悲を持った菩薩で、人に智恵や知識といった面でのご利益をもたらしてくれるとされています。
ここは、独鈷山の南側の麓になります。日本遺産推進協議会が作った構成文化財の説明文を見ると、法住寺は「独鈷山を主峰とする虚空蔵信仰の南麓として捉えられる」とあります。独鈷山を中心として虚空蔵菩薩が信仰されていたということでしょう。
それを示すものとして、この虚空蔵堂の真北、独鈷山の向こう側にも虚空蔵堂があるのです。
西前山の虚空蔵堂です。中禅寺のすぐ近く、「独鈷山登山口」の標識のある所から坂道を上っていくと右手にお堂が見えてきます。
 西前山の虚空蔵菩薩は、朱い漆塗りの坐像で、右手に宝剣、左手に宝珠を持っています。右手の形が法住寺の仏様とは異なっています。
造られたのがいつかははっきりしませんが、室町時代かそのすぐあとと推定されているので、そうすると4百数十年前ということになります。
塩田にほかに虚空蔵信仰があったのか知りたくなったので、江戸時代の中期、上田藩主が仙石氏から松平氏に替わった年(1706年)にそれぞれの村が藩に出した現状を報告する文書を見てみました。
そうすると、虚空蔵菩薩堂があるとの記述がある村は、前山村と舞田村だけでした。
観音堂とか薬師堂とか地蔵堂とかのお堂はかなりの数あるのですが、虚空蔵堂はこの二つだけ。
二つの村の村人たちが、どのような思いでこの仏様を祀ったのか、知りたいなあと思います。
 ところで、舞田の虚空蔵堂。浄土宗の法樹院のお寺のすぐ横にあります。中を見るとたくさんの金色の仏像が並んでいます。
真ん中の上の方にあるのが虚空蔵菩薩。その周りの仏像は「坂東三十三観音」です。
江戸時代も終わりに近くなった1809年に近郷の篤志家によって、関東の33の札所の仏像を勧請したもの。その時に、元々あった虚空蔵堂に安置されたのでしょう。虚空蔵菩薩も含めて、みんな金色。たくさん並んだ様子は圧巻ですよ。(F森)

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